測定

2017年06月30日

通学路を測定しました

通学路測定 郡山市日和田地区/二本松市東和地区

「ホットスポットファインダー(放射線量測定器)」で地域の保護者と一緒に放射線量の測定を行いはじめてから、今年で6年目。事故から7年が経過した今なお、ホットスポットが確認されています。今回は、2017年4月に行った郡山市日和田地区と、2017年5月に行った二本松市東和地区の、通学路測定の様子をレポートします。
 
◆郡山市日和田地区
 のどかな田園風景の広がる郡山市日和田地区。二年前に日和田小学校の測定を行った同じコースを、改めて測定しました。測定を依頼されたのはHさん。近隣の保護者と測定結果を共有し、学校にかけあって、保護者が協力し合いながら、今なお、生徒の通学時の送迎を続けています。今回は、「今年度も送迎を続けさせてほしい」という要望を学校に届けるための測定です。

地表近くでは、今なお、毎時1マイクロシーベルトを超える場所が点在している

道路と、畑のあぜ道部分では、数倍の差がある
また、高さ(地表1mと地表ぎりぎり)でも数倍の差が出る
 

 道路除染の効果か、二年前より周辺の空間線量は下がってきてはいるものの、ホットスポットは今なお点在していました。特に、畑のあぜ道や、吹き溜まりには放射線量の高い場所が散見されます。子どもたちは、学校帰りにこういった場所で寄り道をすることもあるでしょう。Hさんはこの測定結果をもとに、「この結果ではまだ子どもたちを歩かせることに不安がある。学校と交渉します」と話していました。

◆二本松市東和地区
 震災当時0歳だった保護者が、小学校入学を期に「通学路を測定したい」と測定の依頼があり、二本松市東和地区に伺いました。昨年まで子どもたちが通っていたという「子ども園」の近くの土手でも、「毎時0.5マイクロシーベルトを超えて、土壌汚染は5000ベクレル/キログラムを超えていた場所があったんです」とAさん。子どもたちが喜んで遊ぶような丘になっています。「二本松はとってもいいところでしょう。『思いっきり遊んでおいで』と言える豊かな自然があったのに、今は『あれは触っちゃダメ、これはやってはダメ』って言わなくてはならないのがつらくてね――」
みんな小学1年生の子どもを持つ保護者


 測定し始めた大きな道路では、放射線量が毎時0.1~0.2マイクロシーベルトだったのが、山を切り開いて作られた道路に入った途端に、毎時0.4~0.5マイクロシーベルト(地表50cm)に上昇しました。道の両サイドにある斜面からの放射線量のようです。

 中学校の校門付近での測定では、地表近くで毎時2マイクロシーベルトを超える場所がありました。局所的ではあるものの、本来、子どもの生活圏にあってはならない汚染です。
 小学校の駐車場では、地表近くで毎時4マイクロシーベルトを超えるところまでありました。同行した保護者Bさんは「この辺りは、保護者が草むしりをする場所。こんなところ、素手で、例えば妊婦さんが…なんて考えたら。絶対にやらせてはいけないですね」と話していました。
東和中学校の校門前の地表近くで毎時2マイクロシーベルト。

 
東和小学校の駐車場の地表近くで毎時4マイクロシーベルト。

 運動競技場では、ゴムチップウレタン舗装(弾性のあるマラソンコース)に、放射性物質がしみ込んだままになっているのか、その上だけが毎時0.6~0.7マイクロシーベルト(地表50cm)という数値になりました。周辺の数値の、2~5賠ほどの数値です。

この日に測定した保護者のみなさんは「結果を持って、市や学校に相談したい」「今度は自宅周辺なども測定したい」と話してくれました。

 放射性物質の半減期や、除染で「放射線量は下がった」と言われがちですが、ホットスポットは今なお点在しています。今後も、通学路測定を続けていく予定です。



kodomotatinomirai at 14:32|PermalinkComments(0)

2015年09月18日

郡山測定レポート

郡山測定レポート(8)

2015年4月29日、郡山市大槻町周辺を測定しました。


■「自宅の裏に、震災後、はじめて来ました」

 福島県郡山市の通学路を測定しはじめてから、このレポートも8回目。お母さんと一緒に測定をしながらさまざまな思いを聞いています。
 
 「原発事故がなければ、こんな風に不安になることもなかったし、測ってまわる必要もなかったのにね・・・」



 汗ばむ陽気のなか、ホットスポットファインダーで測定しながら、そう話すのは、子どもたちの未来と健康を守るプロジェクト・郡山の根本淑栄さんと、4人の子どもを持つHさん。

この日はまず、Hさんの自宅周辺を測定しました。
Hさんの自宅は、まだ除染がまわってきていません。住宅除染の順番は、郡山市が決めています。
事故から4年以上が経過した今年、ようやく番が回ってくるそうですが、それも「手あげ式」で、手をあげなければ、除染してもらえないのだそうです。

4歳のお子さんがいるHさんは、原発事故後、子どもを外で遊ばせることがほとんどありませんでした。1ヶ月に1度、県外や放射線量の低いところに子どもたちを連れだし、外遊びをさせてきています。それも、夫婦共働きのHさんにとっては「とても大変なこと」だったと話します。
ご両親の家とご自宅が2軒つらなる広い敷地内でも、震災後は子どもたちが駆け回ることはなく、通路となっている小道を行き来するだけでした。

自宅の裏を測定しているときにHさんは

「ここに来るのは実は震災後はじめてです」

と言いました。その理由を尋ねると、

「放射線量が高いと思っていたんです。おじいちゃんは、掃除をしたり、自分で除染をしたりしていたけれど・・・」

裏には畑も広がっているのですがそこにも立ち入ったことがなかったそうです。
測定器を頼りに、Hさんはおそるおそる進みます。

「少しでも線量が低いエリアが見つかれば、そこで子どもを遊ばせることができる」

そうHさんは考え、慎重に、丁寧に測定をしていました。



おじいちゃんによる除染の効果か、幸い自宅敷地内で1μSv/hを超えるような場所は見つかりませんでしたが、ところどころ、0.5μSv/hを超える場所がありました。「とても高かった」という雨どい周辺は0.6μSv/hを超え、周辺一帯は0.40.5μSv/hを示しました。
測定の様子を見に来ていたおじいちゃんは

「ここ(雨どい)からどーっと雨水が流れおちて、汚染が広がったのだろう」

と話します。
最初は

「高くなんかないだろう、大丈夫だろう」

と言っていたおじいちゃんも、

「どうだ、高いところはあったか・・・」

と気にしている様子で、測定中に何度か話かけてきました。

「除染なんかしたって意味がないんだ、また上がってしまうんだ、って知り合いの除染作業員が話していたよ。うちは、これから回ってくるんだけどね・・・」


■住宅街で見つけた5μSv/hのマイクロホットスポット

 次に向かったのは郡山市にあるとある学校。通りすがりの私たちに向かって、生徒が「こんにちは」と声をかけます。「挨拶に力を入れている学校なんです」と根本さんは教えてくれました。
 
 「ここでよく、学生が立ち話している」

Hさんが教えてくれた校門のブロックは、ちょうど腰かけるのにいい高さです。そこは、0.5μSv/hほどありました。

「ここには座ってほしくないね・・・」

Hさんはつぶやきます。

グラウンドでは野球部が練習をしていました。敷地内からも、外にいる私たちに向かって「こんにちは」と挨拶をする生徒たち。学校周辺は除染が済んでいるのか、0.20.3μSv/hの数値を示していました。
 ただ、学校側の道路と、民家側の道路では測定値が0.1μSv/hほど違いがありました。1本の道路でも、両サイドで数値が違うのです。

「学校側は除染はされるけれど、民家側は除染されていないのかもしれないね。でも、生徒が学校側だけを選んで歩くわけではないのに・・・」


そこから少し歩き、菜根三丁目わんぱく広場に向かいました。ある民家の前で、突然数値が跳ね上がりました。立ち止まり、線源を探してみたところ、5μSv/hを超える場所が見つかりました。ちょうど雨どいから流れ落ちるところにコンクリートの割れ目があり、そこに放射性物質がたまってしまったようです。





しかし、この地域は、平成24年に道路除染が行われており、表向きには「線量が下がった」と思われている地域です。また、住宅除染も平成24年に発注が済んでいます。
この場所は民家と民家のちょうど隙間にあたるので、どちらの敷地として除染されるのか不明です。このように、除染から抜け落ちてしまった場所が他にもあるのです。


■再測定――さくら通り沿い1.8μSv/hのベンチへ

このあと、私たちはHさんと別れ、郡山市を東西に走る幹線道路・さくら通りの測定を行いました。以前も線量の高かった、ザ・モールというショッピングセンターの前にあるベンチの線量がどうなっているのか、確認するためです。





以前と変わらず、1.5μSv/h近くあることを確認し、郡山市の道路除染推進課に連絡をしました。
担当の方が、すぐに測定に向かい
「再測定したところ、ベンチの下は2μSv/hを超えていた」
と教えてくれました。
「この道路が県の管轄なので、県の担当に連絡し、県から連絡してもらうようにします」
とのこと。

その翌日には、県の担当から連絡がありました。
「何らかの対応をします」
とのこと。

あれから5か月。いまのところ、対応した、という連絡はいただいていませんが、すでに除染されているのかもしれません。
その後の数値の変化も、測定してみようと思います。

本来あってはならない数値が、あちこちに点在している事実。細かな測定を行い、行政に訴えていくことの大切さを感じています。

その一方で、冒頭の根本さんの言葉も忘れてはならないと感じます。
「原発事故がなければ、こんな風に不安になることもなかったし、測ってまわる必要もなかった」ことを。



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